2012年03月12日
書評
先日、沖縄初の市民メディアOAM(沖縄オルタナティブメディア)さんが沖縄本の
レビュー書きを募集しており、これまた先月がっつり取り組んだ”沖縄空手”に関する本だったので無謀にも応募した。
有り難いことに書かせて頂けることになったのだけど、これが手強かった〜、汗。
かなり苦労しましたが、空手だけでなく沖縄の歴史も垣間見える内容になるよう
がんばりました;
よろしければご一読ください。
沖縄本レビュー
◎2012-03-10
『沖縄空手道の歴史』
琉球王国時代の武の検証
先日”沖縄伝統空手”に関するインタビュー記事を書くお仕事をさせて頂いた。
私自身の父や叔父を題材にした記事だっただけあって、何だか自分のDNAに組み込まれた空手の魅力を、
もっと肉体に浸透させたい欲望に駆られた。
そんな時、ひょいと目の前に差し出された著書が今回の『沖縄空手道の歴史』(著者:新垣清氏)であった。
手元に届いた本を見てその分厚さに愕然となる・・・なんと約400ページもの大作である。
少し重い気持ちでめくった最初のページには琉球王朝時代の歴史からひもとく武の検証の壮大な世界が広がっていた。
まず第一章の”琉球王国”にこう記されている。
(日本空手の父としてもよい船越義珍によって「海南神技是空拳(海南の神技、これ空拳)」とうたわれた武道・空手。それは琉球王国と呼ばれていた沖縄において、中国武術と日本武術がミックスされ、日本本土に移入されることによって武道との整合を果たし、世界に飛躍した身体文化だ。)と。
つまり沖縄空手を語る時、かつて琉球と呼ばれた王国の歴史や地理的な要素がバックボーンにあり、
それに触れないことには何も語れないことが伝わってくる。
本書は沖縄が琉球王国という独立国という立場で、近隣の大国・中国との交易(冊封)を通して首里士族に中国武術のエッセンスが盛り込まれた”唐手”が導入されたことや、大和(本土)との交流を通して日本刀を始めとする武器や武士道の精神を取り入れながら、沖縄空手が確立されていく様子が解りやすく描かれている。
しかし王を守る首里士族階級は「二本差し」の「帯刀」が認められており、武器を持って隣国の脅威に備える姿勢は、日本本土の武士と同等だったらしい。
(現に首里手の始祖と言われる松村宗昆は、鹿児島滞在中に示顕流の奥義を伝授されたという言い伝えも残っている。)
つまり何も素手で闘う空手は、元々琉球を代表する武術だった訳ではないようだ。
空手が琉球で発達することになった決定的な出来事は慶長16年、薩摩侵略から2年後のこと、かつて王国と呼ばれた琉球は、薩摩より武器を所持することを禁じられてしまう。
筆者は第11章”禁武政策”においてこう書き記している
(中略:彼等が自らの吟持を再生しようとする段階において、素手の格闘技である空手という武術を、その原点として用いたとしたら言い過ぎであろうか(中略)緊迫した時世において、琉球の武士たちが自らの吟持を高めるために、修行されたものだとするのが正しいはずだ。)
つまり、空手とは武器もプライドも奪われた琉球の人々の最後の砦だった。
だからこそ、肉体のみを使う空手の技を極めるべく多くの優秀な武術者が生まれ、実際に後の沖縄空手を確立した武人の名や武勇伝も記録されている。
最後にこの本は、沖縄空手に興味のある方だけではなく、沖縄の歴史そのものに興味ある方にもオススメする。
よくステレオタイプな表現で、沖縄は様々な文化が混合された”ちゃんぷるー文化”だという言葉を見聞きするが、沖縄空手が発達して来た経緯も、様々な異国文化の流入や侵略という、ある種抑圧された時代背景から発生していることが感じ取れるからだ。
今もなお、連綿と受け継がれ、世界規模でその技が競われている”沖縄空手道”は、不遇の歴史を持ちながらも決して諦めない沖縄の精神を受け継ぎつつ、その負の歴史を昇華し続けているような気がしてならない。
レビュー書きを募集しており、これまた先月がっつり取り組んだ”沖縄空手”に関する本だったので無謀にも応募した。
有り難いことに書かせて頂けることになったのだけど、これが手強かった〜、汗。
かなり苦労しましたが、空手だけでなく沖縄の歴史も垣間見える内容になるよう
がんばりました;
よろしければご一読ください。
沖縄本レビュー
◎2012-03-10
『沖縄空手道の歴史』
琉球王国時代の武の検証
先日”沖縄伝統空手”に関するインタビュー記事を書くお仕事をさせて頂いた。
私自身の父や叔父を題材にした記事だっただけあって、何だか自分のDNAに組み込まれた空手の魅力を、
もっと肉体に浸透させたい欲望に駆られた。
そんな時、ひょいと目の前に差し出された著書が今回の『沖縄空手道の歴史』(著者:新垣清氏)であった。
手元に届いた本を見てその分厚さに愕然となる・・・なんと約400ページもの大作である。
少し重い気持ちでめくった最初のページには琉球王朝時代の歴史からひもとく武の検証の壮大な世界が広がっていた。
まず第一章の”琉球王国”にこう記されている。
(日本空手の父としてもよい船越義珍によって「海南神技是空拳(海南の神技、これ空拳)」とうたわれた武道・空手。それは琉球王国と呼ばれていた沖縄において、中国武術と日本武術がミックスされ、日本本土に移入されることによって武道との整合を果たし、世界に飛躍した身体文化だ。)と。
つまり沖縄空手を語る時、かつて琉球と呼ばれた王国の歴史や地理的な要素がバックボーンにあり、
それに触れないことには何も語れないことが伝わってくる。
本書は沖縄が琉球王国という独立国という立場で、近隣の大国・中国との交易(冊封)を通して首里士族に中国武術のエッセンスが盛り込まれた”唐手”が導入されたことや、大和(本土)との交流を通して日本刀を始めとする武器や武士道の精神を取り入れながら、沖縄空手が確立されていく様子が解りやすく描かれている。
しかし王を守る首里士族階級は「二本差し」の「帯刀」が認められており、武器を持って隣国の脅威に備える姿勢は、日本本土の武士と同等だったらしい。
(現に首里手の始祖と言われる松村宗昆は、鹿児島滞在中に示顕流の奥義を伝授されたという言い伝えも残っている。)
つまり何も素手で闘う空手は、元々琉球を代表する武術だった訳ではないようだ。
空手が琉球で発達することになった決定的な出来事は慶長16年、薩摩侵略から2年後のこと、かつて王国と呼ばれた琉球は、薩摩より武器を所持することを禁じられてしまう。
筆者は第11章”禁武政策”においてこう書き記している
(中略:彼等が自らの吟持を再生しようとする段階において、素手の格闘技である空手という武術を、その原点として用いたとしたら言い過ぎであろうか(中略)緊迫した時世において、琉球の武士たちが自らの吟持を高めるために、修行されたものだとするのが正しいはずだ。)
つまり、空手とは武器もプライドも奪われた琉球の人々の最後の砦だった。
だからこそ、肉体のみを使う空手の技を極めるべく多くの優秀な武術者が生まれ、実際に後の沖縄空手を確立した武人の名や武勇伝も記録されている。
最後にこの本は、沖縄空手に興味のある方だけではなく、沖縄の歴史そのものに興味ある方にもオススメする。
よくステレオタイプな表現で、沖縄は様々な文化が混合された”ちゃんぷるー文化”だという言葉を見聞きするが、沖縄空手が発達して来た経緯も、様々な異国文化の流入や侵略という、ある種抑圧された時代背景から発生していることが感じ取れるからだ。
今もなお、連綿と受け継がれ、世界規模でその技が競われている”沖縄空手道”は、不遇の歴史を持ちながらも決して諦めない沖縄の精神を受け継ぎつつ、その負の歴史を昇華し続けているような気がしてならない。
Posted by umiunagi at 10:14│Comments(0)
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